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PREFACE

まえがき――原案のようなもの

 偶然立ち寄ったある店の壁面に、私がかつて、同志としていた男の顔がぼんやりとあった。それは演劇のポスターで、《彼》はその公演の出演者であった。
 果たしてそれが、いつ催される公演のポスターなのか、詳細はわからなかったのだが、大きくはっきりと、“演劇フェスティバル ○○公会堂”と記されてあって、モノクロ刷りの写真では、スーツ姿の男女4人が滑稽にも縦列して直立していた。その中の一人が、《彼》であった。
 
 私はその場を何の躊躇もなく通り過ぎた。それ以上眺めて、さらに詳細な情報を得ようという気は、毛頭なかった。おそらく、街中のあちこちにあのポスターが貼られているのであろうが、懐かしさを包含する好奇心は、ぴくりとも反応しなかったのである。何故このように冷静でいられたのか。今思うと、奇妙だったとしか言いようがない。
 想像するに、《彼》は、頑強な自制心の中で生きていたと思われる。それは、20代の、執着した「連帯」への無意味な従順と言っていいだろう。「連帯」そのものの社会的本義は、とうに抜け落ちているが、永年それに従い、その抗わぬことの美徳を、《彼》は酩酊的な自制心として持ち続けてしまったのだろう。
 
 憐れみ――。
 私の脳裏に、その言葉がポッと浮かんだ。確かにあのポスターを見た瞬間、《彼》自身の、昔と変わらぬ日常が間接的に想起された。が、もはや常軌を逸した不毛の関係下にあって、私がその内面の憐れみに、心を引き裂かれるといった情緒は、決して生まれてこなかった。そうした憐れみの矮小化によって、そこを簡単に通り過ぎることができたのかもしれない。
 真夏の熱線で干涸び、やがて彩色を失ってポスターは朽ち果てるか、あるいは店主の手によって剥ぎ取られるかの、幾通りが想像できる。すなわち、どこにも反動はやってこないのである。
 
 「連帯」に対する従順の美徳、無抵抗の美徳――。
 それらはすべて、憐れみの突然変異であって、ただ宙に漂い、そのまま塵と化して消えていくだけのことである。

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この物語はフィクションであり、
登場する人物・団体等の名称はすべて架空のものです